命と向き合う / 『本質』『実際』に目を向けたやりとりを目指して

桜の開花

こんにちは。
シェアハウス和楽居のいのじです。

ここ1週間の間に、
僕にとって、とても大きく心が動かされる事が立て続きに起きる。

●友人(イベントで知り合ったお兄さん)が自ら命を絶った。という知らせをもらう。
●身内が「夏までもたないかもしれない」と余命宣告を受ける。
●シェアメイトが、週1ペースで宿泊していた茅葺きの建物が全焼する。

全て、僕が35年生きてきた中でも、そうそう経験する事がない出来事で、
またタイミングが重なり雪崩のように起きた事で、
自分自身、色々と思う所があった。

(今日は、文章ばかりで、とりとめもない想いを綴ったので読みにくいかもしれません)

友人の死と向き合う

人には色んな面がある。

その人は、とても世話焼きで親切にしてくれて、
そして俺の興味のある事をたくさん教えてくれるええ兄貴で、
ふらっと和楽居にその人が現れてくれるのが楽しみでもあった。

でも、少し人との付き合い方が不器用な一面もあり、
僕の大切な人達数名とも、こじれたり、
『彼が来るなら、そのイベントはパスします』
という声を聞くこともあった。

「●●さんに、嫌なことをされた」

嫌なことをされた、とは実際はなんなのか。

それは世界中の誰にとっても、
嫌なことなんだろうか?

嫌と感じるてるのは、私であって、

●●さんは、私に嫌な思いをさせたいから、やってたんだろうか?

もし信頼してる大好きな身近な人が同じことをしたら、嫌と感じないんじゃないのか?

私は、何が嫌だったんだろう。。。

心の中で実際に起きていることは何なんだろう。
(自ら自覚できること)

「●●さんが嫌なことをした」

これは一体どういうことなんやろう?
●●さんは、何がしたかったんやろう?
本当に伝えたいことはなんやったんやろう。

●●さんの心の中で実際に起きていることは何なんだろう?

(相手の頭、心の中は、本人に聞かないと分らかない、という自覚を持つこと。

「ひどい人だ!」
「自分を傷つけようとしてくる嫌な人だ!」
(というのは、自分の心・頭の中でそう捉えてるという自覚がはっきりしてくると、見えてくる世界が変わるんじゃないか)

心の中で起きている反応・感情はなんなのか

ある人の行動・発言をイヤだと感じる。
→ イヤな事をしてくる人だから避ける
ということではなくって、
その行動をイヤだと感じたのはどういうことなのか、考える。
その行動を良くない事だ、とかそれによって自尊心が傷つけられた、
などなど感じる自分の考え方は一体どうなっているのか。

そういう心の話を、
出し合えて、共に考え、
心を豊かに育み合っていける場を
作っていきたい。

まずは、
本当に幸せな暮らしを共に作っていきたい、と思い合える人と共に、
一歩ずつ一歩ずつ。

それがゆくゆくは、

人に優しい社会、
人に優しい人間関係作りへと繋がっていくこと。

そして

人に嫌な思いをよくさせてしまう = 自分をよく見せたい、とか 何か守りたいものへのこだわりが強いのかもしれない

そんな難しい人 傷付いてる人さえも、
構えず、安心して、優しくいられるような
そんな優しい社会が足元から築いていきたいと思う。

もう身の回りの人が、
自ら命を絶つような寂しいことは、
起きてほしくない。

家族の余命宣告を通して、生と向き合う

僕の家族が、
病気の進行のペースが思いの外速く、
この夏までもたないかもしれない。

と一昨日初めて聞いた。
本人はその事を知らない。
(俺が今ここで書いてる相手に対して、心当たりのある方は、
本人には秘密にしてください。)

9年も、病院にいて寂しい思い、辛い思い、我慢をし続けてきたその人。
去年の夏から垂水の信頼のできる老人ホームに移ることができた。

心優しいスタッフの皆さんに囲まれ、半年間過ごし、
やっと慣れてきた頃で、
まだまだやりたい事だらけで
「春になったら、車で出かけたい」
と、あっちこっち行きたい場所・やりたい事を僕に伝えてくれる。

病人として過ごした9年間から解放され、
ようやく人らしい生活を取り戻してきたというのに。

2〜3年は大丈夫だろう、と予想していただけに、
今はまだショックが大きい。

3月は、今まで以上に本人の希望を叶えてあげらえるように、
たくさんの時間を過ごしたいと思う。

全焼してしまった家の事を通じて考える

シェアメイトで、神戸市北区の淡河にある
本陣カフェ chawan、そして豊助饅頭で有名な和菓子の名店『満月堂』で働いてる女性が
この2年ほど週1〜2回のペースで泊まっていた茅葺きの家が、
1週間前に全焼。
原因は不明で、誰もいない時に火の手が上がったらしい。

火事の前夜には、彼女もそこに泊まっていたらしい。

その知らせを彼女から聞いたタイミングと、
友人が亡くなったこと、家族の余命について聞いたタイミングが
同時期だった事もあって、
なんせ彼女が火事に巻き込まれず、無事だったことが嬉しかった。

今までだったら、周りで火事の話があっても、
まさかそこで大切なシェアメイトや友達・家族が亡くなるなんて事は
全く想像する事もないし、そんなことあるはずがない、って信じていた。

「昨日までそこにあった建物が、一瞬にしてなくなってしまった。
『当たり前』が、当たり前の事ではないんだな。と感じた。」

彼女の言葉がずーんとくる。
もし火事で彼女の身に何か起こってたとしたら、と思うと本当にゾッとする。

日々を共に過ごす家族、シェアメイトが明日も生きてる、明日も元気な顔が見られる、
自分自身だって明日も元気に生きてる。
それって当たり前の事と思ってるけど、
それが突如終わってしまう事だって現実にあり得るんだ、

という可能性をリアルに感じる自分がいる事に気付く。

心の中で起きてる事は一旦なんなんだろう?

今起きている現象の『本質』はなんだろう?
『実際』には何が起きているんだろう?

大切な家族が、半年後にはこの世にいないかもしれない。
→ 家族が死ぬ、って言ったら辛いに決まってる
ということではなくって、
家族が死ぬかもしれない、という事を僕はどのように捉えているんだろうか。

『愚痴』を言い合う仲から『本質』に目を向けたやりとりへ

誰かの事をイヤ、だと感じた時に
ただその人の愚痴を話して、共感してもらって、それで終わり。
というのは僕はあまり好きじゃない。

その場にいない人の悪口、陰口、愚痴を言い合う関係性って、
「自分自身もその場にいない時に何か言われるんじゃないか。」
など心配して、本当に何でも出し合い、聞き合い、心を寄り添える間柄には
互いになっていけないように思うから。

嫌だな、って感じたことの『本質』は?
自分の感情が沸き起こったその本質。
実際にどんな風にその事を捉えて、怒りや、悲しみが沸いたのだろう?

また相手の行動や言動の『本質』は?
相手が本当に伝えたかった事ってどういうことだったんだろう?
「相手は自分を馬鹿にしている!」 「自分を傷つけようとしている!」
とキメツケていないだろうか?

相手の心の中、頭の中って、自分には決して分かりえない、
深い深い世界があるんだ、ということ。

自分の中にも、言葉では伝えきれない、
自分自身でも捉えきれないような本心があるんだ、ということ。

その本質の部分に近付きたい、
もっと自分自身のことをよく知り、
相手の事ももっと深く知りたい。

そういう心を大切にした関係性を築いていきたい。

最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。

桜の開花

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